藤小僧の写真ブログ

街と花とK20Dと私

年の瀬

423 - wisteria2-kozo

今年は紅葉を見に行けないまま来年を迎えそうです。それ以前に今月が12月であることが未だに信じられません。写真はおよそ1ヶ月前に撮影したものですが,今年のイチョウの黄葉の進みは遅かったですね。ここまで暖かくなると,今年は日本でスキーができなくなるのではないか,と本気で心配になってしまいます。




以下,写真とは全く関係のない内容ですのでブラウザバックを推奨いたします。




今年を終える前に自分に関することでどうしても書きたいことがあり,ブログに投稿することにしました。


今年の10月に母方の祖父が逝去しました。92歳でした。80歳で心臓の手術をしてから何度も命の危険に晒されていましたが,驚異的な生命力で何度も立ち直り,私が会いに行く度に笑顔を見せてくれて,言葉に言い表せないほどの感謝を感じています。祖父は台湾に住んでいたので,私は都合が合わず葬式に行くことが出来ませんでしたが,母が,葬式の際に流された祖父の一生を振り返るビデオをLINEで送ってきてくれました。

帰宅してからそのビデオを見てみると,その内容は祖父が大切に保管していた写真のアルバムのようなものでした。祖父の近影や心臓の手術を受けたときの写真,私たちがまだ幼かった頃の写真,母や叔父叔母が子どもの頃の写真,そして祖父が日本統治時代の軍人だったときの写真までありました。母によると,祖父は記念写真が好きで,大切に保管していたそうです。

ここでふと気になることがあり,急いでパソコンの電源を入れてHDDに保存した写真を見てみました。最近あれだけ高頻度で祖父と会えたのに,私が撮影した祖父の近影はたった1枚,一緒にいとこの誕生日ケーキを食べたときに私が何も考えずに撮ったブレブレの写真だけでした。


以前このブログでも書きましたが,私は,写真は撮影者のその当時の視点を記録するものだと考えています。それを踏まえて私の写真を振り返ってみると,親戚や知人が主体となる写真はほとんどありません。つまり私は,周囲の人に対して少しも興味を抱いていないということになります。

自分は人として最低だな,と気づきました。

自分に優しくしてくれた人に対して,故意であれ無意識であれ,心の中では関心を向けていないわけですから。そして,ワードチョイスが間違っているかもしれませんが,このことに今さら気づく自分の傍若無人さ。自分のことがより一層嫌いになりました。


ただ自分を見つめなおすことで自分の犯した過ちを取り戻すことは不可能であることは承知しています。しかし,このままの状態で残りの人生を過ごすわけにはいきません。自分がなぜ幸せな毎日を過ごすことができているのかを深く考え,まずはいつも私を支えてくれる人への感謝の気持ちを忘れずに生きていくことから始めようと思います。


最後になりましたが,親愛なるおじいちゃんへ。

私は孫の中でおじいちゃんから最も遠いところに住んでいて,会う機会はなかなかありませんでした。それでも,会いに行く度に笑顔で私たちを迎えてくれて,楽しい時間を本当にありがとうございました。このことは一生忘れません。来世はまたおじいちゃんの孫として生まれて,もう一度お会いしたいです。そのときはもっと楽しい話をしましょうね。

さようなら。お元気で。